資金繰り改善の方法は色々ありますが、間違った方針を立ててしまう経営者も少なくありません。例えば、「資金繰り改善のために売上を伸ばす」という方針は、逆に資金繰り悪化を招く、非常にまずい方針です。
なぜ売上を伸ばすと資金繰りが苦しくなるのでしょうか。また、売上を伸ばしたことで悪化した資金繰りは、どのように改善すべきなのでしょうか。
問題解決のカギは「必要運転資金」にあります。
「不足資金」の正体とは?
売上が伸びた場合に資金繰りがどのようになるか、正確に理解している経営者は少ないものです。
これを理解できているか、簡単なチェックをしてみましょう。以下の①~③の中から、正しいと思うものを選んでください。
- 売上が伸びると資金繰りがラクになる
- 売上が伸びても資金繰りはラクにならない
- 売上が伸びると資金繰りが苦しくなる
3と答えた人は、きちんと理解できています。1は完全に誤りです。2も半分正解・半分不正解といった程度の理解です。
利益の計算と資金繰りの計算は異なるため、利益がしっかり出ていても、資金不足は起こります。これに加えて、売上が伸びれば伸びるほど資金不足は深刻になり、資金繰りが苦しくなっていくことをしっかり押さえておくべきです。
必要運転資金を理解する
これを具体的・立体的に理解するためには、必要運転資金について理解する必要があります。
会社が営業を行うことにより、資産と負債が発生し、それぞれの数値が様々に変化していきます。
資産には、販売によって発生する売上債権(売掛金・受取手形)、商品や原材料の仕入れによって発生する棚卸資産などがあります。これらの資産は現金とは異なります。売掛金や受取手形は、回収前段階ではあくまでも債権であり、棚卸資産も「製造・販売→売掛金発生→回収」という流れを踏まなければ現金化されません。
貸借対照表では、資産と同額の負債が計上されています。仕入れに伴う仕入債務(買掛金・支払手形)、そして必要運転資金です。
買掛金や支払手形などの債務は、仕入先に支払いを待ってもらっている状態であり、言い換えれば資金繰りに必要な現金を節約している状態といえます。
しかし、それによって全く現金が不要になることは基本的にありません。節約できた現金と必要な現金との差を必要運転資金といいます。
文字だけでは分かりづらいため、この関係を図示すると以下のようになります。
資産の部 | 負債の部 |
売上債権 (売掛金・受取手形) |
仕入債務 (買掛金・支払手形) |
必要運転資金 | |
棚卸資産 |
また、必要運転資金の計算式も理解の助けになります。必要運転資金は以下のように計算します。
必要運転資金=売上債権+棚卸資産-仕入債務
必要運転資金のプラス部分=資金の不足分
多くの場合、必要運転資金はプラスになります。ただし、消費者に対して直接販売し、売上を常に現金で回収する業種であれば、売上と入金の時期にズレがなく、仕入れの支払いは先送りにできるため、必要運転資金がマイナスになることがあります。
小売業などで、資金繰りがラクといわれる理由はここにあります。必要運転資金がマイナス、つまり必要運転資金の負担がないのですから、資金不足に陥りにくい=資金繰りがラクになる、というわけです。
多くの業種では、現金取引ではなく掛取引によって成り立っています。このため、必要運転資金はプラスになるのが普通です。必要運転資金は、それまでに留保した利益、銀行からの借入れ、ファクタリングや手形割引などの方法で穴埋めする必要があります。
多くの経営者が悩まされる「資金不足」とは「必要運転資金がプラスの状態」のことです。
売上が伸びると資金繰りが苦しくなる理由
必要運転資金を理解すると、
売上が伸びる⇒必要運転資金が増える(不足資金が増える)⇒資金繰りが苦しくなる
という流れが分かりやすくなります。
月商ベースで考える
売上債権・棚卸資産・仕入債務が自社の資金繰りにどのような影響を与えるか、それを知るためには、売掛金の総額、在庫の価値総額、買掛金の総額といったように金額ベースで考えるのではなく、「月商倍率」で考えます。
つまり、売上債権・棚卸資産・仕入債務がそれぞれ月商の何倍かを考えるのです。月商が1,000万円、売上債権が2,000万円であれば、その会社は月商2ヶ月分の売上債権を保有していることが分かります。
資金繰りを考える上では、月商ベースで見ることが欠かせません。
- 売上債権は2,000万円
- 棚卸資産は1,500万円
- 仕入債務は2,500万円
- 売上債権は月商の2ヶ月分
- 棚卸資産は月商の1.5ヶ月分
- 仕入債務は月商の2.5ヶ月分
- 支払いの遅い売掛先が増えた→売上債権は月商の2ヶ月分に増加
- 常時確保しておく棚卸資産を増やした→棚卸資産は月商1.5ヶ月分に増加
- 売上が伸びる前→必要運転資金(50)は月商(100)の0.5ヶ月分
- 売上が伸びた後→必要運転資金(225)は月商(150)の1.5ヶ月分
- 資金繰りへの影響を限定しながら、徐々に売上を拡大していく
- 売上を急拡大した後に売上拡大を一時停止し、資金繰りの大幅な改善に取り組む
- ファクタリングの活用や取引条件の見直しによって、売上債権を月商の1.5ヶ月分に短減少
- 在庫管理の徹底によって棚卸資産を月商の1ヶ月分に減少
- 仕入れ条件が悪化しないように努め、仕入債務は2ヶ月分を維持
- ・初めて資金調達を行いたい
- ・銀行借入を成功させたい
- ・国の資金調達制度を使いたい
- ・助成金、補助金の申請をしたい
- ・早急に資金が必要
- ・資金繰りの改善をしたい
と考えると、資金繰りへの影響がどの程度であるか分かりにくいのですが、
と考えると影響度が見えやすくなります。
特に、売上が伸びた時の影響を知る際には、月商ベースで考えることが重要です。
売上が伸びたら貸借対照表はどうなる
具体例で考えてみましょう。
現在、A社の売上は100です。売上債権は月商の1.5ヶ月分、棚卸資産は月商の1ヶ月分、仕入債務は月商の2ヶ月分とします。
その後、A社の業績は急速に伸びていき、売上が1.5倍になりました。それに伴い、
となりました。
売上が伸びる前と後を比較すると、以下のようになります。
売上が伸びる前 | |
(売上:100) | |
売上債権150 (100×1.5) |
仕入債務200 (100×2) |
棚卸資産100 (100×1) |
|
必要運転資金50 |
売上が1.5倍になった | |
(売上:150) | |
売上債権300 (150×2) |
仕入債務300 (150×2) |
棚卸資産225 (150×1.5) |
必要運転資金225 |
この図の必要運転資金を比較すると、
となり、資金繰りへの負担が3倍に上昇している様子が分かります。
このように見ると、売上増加によって資金繰りが苦しくなる理由が理解できるでしょう。
資金繰りを改善するには?
売上を伸ばせば伸ばすほど、必要運転資金・不足資金は増加していき、資金繰りは苦しくなります。資金繰り悪化を防ぐには、
といった方法が考えられます。資金繰り悪化を安易に捉え、無計画に売上を拡大していけば、資金繰りはいずれ破綻する危険が大きいです。
資金繰り改善の様子も、必要運転資金を基準に考えると分かりやすいです。
まず、必要運転資金のプラス分が不足資金に相当することから、
資金繰りを改善したい(資金不足を解消したい)
⇒必要運転資金のプラスを減らす必要がある
⇒必要運転資金は「売上債権+棚卸資産-仕入債務」で計算される
→売上債権を減らす(回収サイトの短縮)
→棚卸資産を減らす(在庫管理の徹底など)
→仕入債務を増やす(支払サイトの延長)
⇒必要運転資金が減る
⇒不足資金が軽減される
⇒資金繰りがよくなる
という論理が成り立ちます。
売上が1.5倍になり、資金繰りが苦しくなったA社の例で考えてみましょう。
A社は売上拡大後、資金繰り改善に取り組み、
に成功しました。取り組み前後を比較すると以下の通りです。
売上が1.5倍になった | |
(売上:150) | |
売上債権300 (150×2) |
仕入債務300 (150×2) |
棚卸資産225 | 運転資金225 |
(150×1.5) |
資金繰り改善に取り組んだ | |
(売上:150) | |
売上債権225 (150×1.5) |
仕入債務300 (150×2) |
棚卸資産150 (150×1) |
|
運転資金75 |
取り組み前後を比較すると、必要運転資金は225から75、月商ベースでは1.5ヶ月分から0.5ヶ月分に減少しています。これにより、必要運転資金の負担が売上拡大前の水準に戻りました。
必要運転資金=不足資金がこれだけ圧縮されれば、資金繰りがかなりラクになることが分かるでしょう。
まとめ
本稿では、売上拡大が資金繰りを圧迫する理由を、必要運転資金を軸に解説しました。貸借対照表の中で、必要運転資金がどのように増減するかを理解することにより、売上と資金繰りの関係が理解しやすくなります。
資金繰り改善のためには、必要運転資金を減らすために様々な取り組みが必要となります。改善の流れは分かっても、回収サイトの短縮や支払サイトの延長は取引先との交渉を伴うため、簡単にはいかないものです。
色々な難しさがある中で、できるだけスムーズに資金繰り改善を進めるには、プロのコンサルタントに協力を依頼するのがベストです。まずは専門家の支援を受けながら、自社に最適な資金繰り改善計画を立ててはいかがでしょうか。
資金調達のプロがお客様の状況をヒアリングした上で適切なアドバイスを致します。